190114-010-1茨城県南部震度4

茨城県南部M4.9で2019年関東初の震度4、今後のM6・M7可能性は


 
2019年01月14日の13:23に茨城県南部でM4.9・震度4の地震が発生した。関東地方では2019年初、1.5ヶ月ぶりとなる震度4であったが、今回の震源付近ではその後関東・東北におけるM6クラス多発の他、北海道でM7以上を記録する例が少なくなかった。

 

関東地方で1.5ヶ月ぶりの震度4

日本国内で震度4以上を記録したのは01月08日の種子島近海M6.0・震度4以来6日ぶりで、関東地方で震度4以上を観測したのは2018年11月27日の茨城県南部M5.0・震度4以来1.5ヶ月ぶりのことであった。

茨城県南部ではそれ以降も7回の有感地震が起きており、直近では2019年01月02日にM3.9・震度2を記録していたが、震源の位置はいずれも今回より南側に当たる場所であり、栃木県との県境付近で発生した今回の地震を同一視することは出来ないだろう。

茨城県の南側、埼玉県から千葉県にかけては関東平野北西縁断層帯が走っており、最大でM7.9程度の地震が予測されているが、今回の震源からは離れており、付近に目立った活断層は見当たらない。

だが、要注意というべき点もある。今回の震源の南側に当たる場所は「茨城・埼玉県境地震」の震源域として首都直下地震の類型の一つに該当し、M7.3程度の地震が起き得ると考えられているためだ。
 

出ていたシグナルは

関東地方で2019年初となる震度4が観測された今回の地震について何らかのシグナルは出ていたのだろうか。

まず挙げられるのが01月04日の神奈川県東部M3.5・震度1との関係だ。当初相模湾とされていた震源がその後神奈川県東部に改められたが、この時の震源近くが前回揺れた際の事例から「付近における事例では関東で地震多発も」と紹介していたのである。

また01月11日に静岡県西部で有感地震が3回相次いだ際に、震源が中央構造線断層帯に近い位置であったことから「中央構造線沿いの動きにも念のため留意しておいた方が良いだろう」と指摘していたが、今回の茨城県南部の震源も中央構造線に近い場所である可能性があることから、引き続き中央構造線というキーワードに留意しておく必要がありそうだ。

それ以外では01月12日から13日にかけて24時間以上有感地震が発生しなかった時に2018年には同様のケースでその後1週間以内の震度4が多かった、と述べたところ、直後のタイミングで今回の震度4が起きたことから、2019年も類似の傾向を辿る恐れは否定出来ない。
 

関東・東北M6クラスと北海道M7クラス

では、茨城県南部における今回の震源付近で過去に起きてきた事例ではその後どのような国内地震に繋がる傾向が見られてきたのだろうか。

深さ約50kmであったとされている今回の地震に近い位置で発生してきたM4.5以上の6例について追跡してみると、2つの傾向が浮かび上がった。

まず関東から東北地方にかけての一帯でのM6クラス以上が目立っていたこと。6例中5例でその後2ヶ月以内にM6クラスが起きていたのである。

1971年06月21日の茨城県南部M4.9・震度3ではおよそ1ヶ月後の07月17日に三陸沖でM5.5・震度2が記録されていたが、これは序の口。それ以外の4例ではM6クラスが複数回発生していたからである。

1934年の事例では三陸沖M5.8と岩手県沿岸北部M5.5。1962年の際には宮城県沖M6.4と宮城県北部M6.5。

3回起きていたのが1929年で神奈川県西部M6.3、三陸沖でM6.5とM5.5。そして4回だったのが1992年の例で三陸沖M5.5と宮城県沖M5.9・M5.8・M5.7であった。

6例中5例でM6クラスが記録されていた上に、そのうちの3例では茨城県南部における地震から10日以内に関東・東北でのM6クラスに繋がっていたことから無関係と断じるのは難しい。関東・東北M6クラスにまずは注意が必要だ。

そして次に際立っていたのが北海道東部でのM7以上。こちらは茨城県南部で今回に似た地震が起きていた6例中、3例で発生していた。

1971年06月21日の茨城県南部M4.9では08月02日に十勝沖でM7.0、1992年12月04日の茨城県南部M4.6では1993年01月15日にM7.0の釧路沖地震。

更に1962年04月23日の茨城県南部M5.1・震度3ではわずか2時間後に十勝沖でM7.1の広尾沖地震が起きていたのである。
 
※画像は気象庁より。