190427-009令和への改元と過去「元年」に起きた地震

「令和」への改元と「元年」に強い地震起きていた事例


 
令和への改元と共に大地震に言及するメディア記事が散見されるようになってきた。では、過去の改元において、その直後に強い地震が起きていた事例はどの程度あったのだろうか。

 

GWの10連休が始まった。令和への改元を伴う大型連休であるが、GWに地震や噴火が起きるのではないか、そろそろ発生してもおかしくない、との専門家コメントを掲載する記事も見られている。

日本国内で最後に発生したM7以上大地震が2016年11月22日の福島県沖M7.4・震度5弱と既に2年半が経過し、「そろそろ起きてもおかしくない」という感触を多くの人が抱いているであろう、と考えられるだけに、令和への改元直後のGWに警戒が広がるのも無理はない。

では、過去の改元において、その直後に強い地震が起きていたケースはどの程度あったのだろうか。国立公文書館デジタルアーカイブに記録されている和暦元号は645年の大化から平成までの247。

一方、日本では天変地異で元号を変える災異改元が明治維新まで続いたことから、改元前に大地震が起きていた例は少なくない。

従って改元前に発生した地震であったか改元後の地震であったのかの区別には和暦が必要となるが、これについては過去の地震を和暦でも記載しているWikipediaのデータに照らして「元年」に起きたとされる地震について抽出した。

すると、247の元号のうち、「元年」に強い地震が発生していた事例は13回であった。最も新しいのは「平成」で、1989年の平成元年に6月末から7月下旬にかけて伊豆半島東方沖で群発地震が起き伊豆で海底火山が噴火していた他、11月02日には三陸沖で津波を伴うM7.1の地震が観測されていた。

その前は1861年に始まった文久で、文久元年09月18日に宮城県沖で強い地震が起きたとされ、更にその前は1804年の文化元年06月04日に東北地方の日本海側を襲った象潟地震であった。

では、13回の事例の中に現在切迫しているとされる南海トラフ巨大地震や首都直下地震が含まれていた例はあったのだろうか。

まず南海トラフに関連する場所で起きていた地震としては、1789年の寛政元年04月17日に阿波でM7前後の地震。1331年の元弘元年07月03日に紀伊でM7.0以上の地震が、またその4日後となる元弘元年07月07日にはM7とされる元弘地震が駿河で発生していた。

更に1299年の正安元年04月25日には大阪や京都で震度5以上の地震が起きていたとされている。

これに対し、首都直下地震に近い関東地方に被害をもたらした地震としては1801年の享和元年04月15日に上総地震が、1648年の慶安元年04月22日には相模・江戸でM7.0程度の地震が、1257年の正嘉元年08月23日にはM7.5の正嘉地震が起き、関東南部に大きな被害が出たと記録されている。

「令和」への改元が強い地震をもたらすと考えるのが非科学的であるのは言うまでもないが、過去のデータからも247の改元直後とも言える元年に強い地震が起きていた例はわずか13に過ぎないことから、過去事例からも通常の地震への備え以上の懸念は必要ないと言えるが、中にはこうした地震が「元年」に起きたこともある、という程度の認識は持っておいても良いだろう。
 
関連URL:【国立公文書館デジタルアーカイブ】元号一覧 【Wikipedia】地震の年表(日本)