190508-009関東東方沖付近M4.8アウターライズ

関東東方沖付近でアウターライズM4.8の地震、その後揺れる千葉・茨城


 
2019年05月07日の23:42に関東東方沖付近でM4.8の地震が発生した。今回の地震はアウターライズ領域で起きたという点が特徴的で、東日本大震災後のアウターライズ地震との兼ね合いからも注目されるが、過去の事例からは付近が揺れた際にはその後千葉や茨城といった首都圏での強い地震に繋がる傾向があるようだ。

 

アウターライズ・延宝房総沖地震の震源そばでM4.8

この地震で震度1以上は観測されなかったが、USGSでは深さ10kmの位置でM4.8の規模の地震が起きたとして情報を公開している。

今回の地震が特徴的であったのは太平洋プレートと北米プレートの境界から外側に当たる、いわゆるアウターライズ領域で発生したという点だ。

関東・東北地方太平洋側のアウターライズ領域における地震については2019年02月26日に地震調査委員会が発表した「日本海溝沿いの地震活動の長期評価」において「海溝軸外側の地震」として今後30年以内にM8.2前後の地震が7%の確率で起きるとされており、可能性こそ高くはない。

しかし、地震調査委員会では同時に1896年の明治三陸地震に対する1933年の昭和三陸地震、それに2006年の千島列島M7.9に対する2ヶ月後の海溝軸外側M8.2の例を挙げ、2011年の東日本大震災と対をなすアウターライズ地震の発生について「2011年に発生した東北地方太平洋沖地震以降、長期間に渡って当該地震に注意する必要がある」と注意を促してもいるのだ。

今回の震源から比較的近い場所では1909年03月13日にM7.1の大地震が起きていた他、海溝付近では1677年11月04日にM8.0の延宝房総沖地震が記録されているなど、今回の震源付近でM7からM8クラスの大地震・巨大地震が発生する可能性も捨てきれない。

規模こそM4.8とそれほど大きくなかった今回の地震だが、では周囲でこれまでに起きてきた地震ではその後何らかの傾向性は伺えたのだろうか。
 

東日本大震災直後にも揺れていた今回の震源付近

今回の震源付近における過去の地震は、無感地震まで含めると2011年の東日本大震災直後から2012年前半にかけて数多く発生していたとUSGSに記録されている。

M4.5からM5クラスの地震が2011年03月から04月にかけて今回の震源からごく近い場所で08回など2011年に18回も発生していた。

2012年04月以降沈黙したままおよそ7年が経過していることから今後の動向を注視していく必要があると言えるが、気象庁のデータによると今回の震源付近では過去に数回、有感地震も観測された事例がある。

1924年、1951年、1982年、2011年にそれぞれ、今回の震源付近で同様のアウターライズ領域における地震が起きていたのだ。ではそれらについてその後の国内地震に何らかの傾向性は窺えてきたのだろうか。
 

千葉・茨城で起きてきたその後の強い地震

1924年08月17日の関東東方沖M5.5では8日後の茨城県沖M6.7や1ヶ月後の茨城県北部M6.5など2ヶ月以内に千葉県東方沖や千葉県北東部を含む震源における地震がM5.5以上のM6クラスだけで11回。

ただしこの時は1924年08月15日に茨城県沖でM7.2・震度5の大地震が起きていたことから、この地震による影響を受けたものであったと考えられるため参考値となる。

また2011年04月に関東東方沖でM6.0が発生した際にも1週間後に千葉県東方沖でM6.0・震度5弱という地震が観測されていたが、これも東日本大震災の影響であった可能性が否定出来ない。

だが、それ以外の3回でも全てのケースで関東東方沖アウターライズ後に千葉や茨城が揺れていたのである。

1924年11月には1ヶ月後に茨城県南部M5.1、千葉県北西部でM5.0が2回発生していた。また1951年の時には3日後に茨城県沖でM5.7、翌日千葉県北西部でM5.0、その3週間後にも千葉県東方沖でM5.0。

1982年にも1週間以内に茨城県沖でM5.6とM5.5というM6クラスが続いたほか、それから1週間後にも再びM5.8が起きていたのである。

これらの事例からは今後の千葉・茨城におけるM5以上、場合によってはM6クラス以上の発生を注視していく必要があると言えるだろう。
 
※画像はU.S. Geological Surveyより。
関連URL:【地震調査委員会】日本海溝沿いの地震活動の長期評価