190512-010豊後水道近い日向灘でM4.9・震度4

今度は豊後水道近くの日向灘で震度4、今後注意すべき場所は


 
2019年05月11日の08:59に日向灘で再びM4.9・震度4の地震が発生した。今回の地震は05月10日のM6.3から北側に離れた位置で発生、豊後水道との境界にも近い場所であったが、過去の事例からは日向灘だけでなく東側の領域における地震にも注意が必要なようだ。

 

今度は豊後水道との境界付近でM4.9・震度4

今回の地震は05月10日にM6.3・震度5弱を含む5回の地震が連発した震源から北側に離れた場所で起きたのが特徴で、日向灘の北端付近、豊後水道との境界で観測された。

深さもM6.3の約20kmや05月10日の地震がいずれも10~20kmであったのに対し約40kmと多少深い位置で発生したという違いがある。

M6.3の翌日に起きた今回のM4.9については、震源近くで長期的ゆっくり滑りが観測されており、気象庁が04月05日に発表した「南海トラフ地震に関連する情報(定例)について-最近の南海トラフ周辺の地殻活動」においても、四国西部に関しては深部低周波地震が03月3日から03月22日まで見られた、と説明されている。

05月10日のM6.3・震度5弱を受けて同日開催された記者会見でこれとの関連について問われた気象庁は、ゆっくり滑りがM6.3よりも北側に離れた場所で起きていたことから、直接的な関連については否定的なコメントをこのように出していた。

気象庁「長期的ゆっくり滑りは四国の西部辺り、で、今回の地震の発生域からすれば、北にだいぶ離れている形になりますので、特段のそれによる影響とかっていうのは、直接的なものはなにか言えるものはないというふうに考えています」

05月11日のM4.9・震度4はゆっくり滑りの発生場所から近い位置で起きたことから、今後公開されるであろう関係についての精査が待たれる。
 

M6.3との空白域で起きてきたM6.5以上

05月10日のM6.3及びその前後に起きていた地震よりも北側に離れた場所で発生したことにより、その間に生じた空白域で過去に強い地震が起きた履歴はあるのだろうか。M6.5以上の地震はこれだけ記録されていた。

1939年03月20日 M6.5 震度4 日向灘
1941年11月19日 M7.2 震度5 日向灘
1968年04月01日 M7.5 震度5 日向灘地震
1969年04月21日 M6.5 震度4 日向灘
1970年07月26日 M6.7 震度5 日向灘
1984年08月07日 M7.1 震度4 日向灘

05月10日と05月11日の地震に挟まれた空白域では1984年以降M6.5以上が発生しておらず、ひずみがたまっているものとみられる。今回の地震がこの領域を刺激している可能性は捨てきれず、当面の間は空白域における地震を注視すべきだろう。
 

今回の震源で今後注意すべきは「和歌山県北部」など東側も

次に今回のM4.9・震度4付近が過去に揺れた際、その後国内ではどのような地震に繋がっていたのか、何らかの傾向性は見られてきたのか、という点について追跡してみよう。

豊後水道との境界付近で発生した今回の地震だが、過去数回、有感地震を観測してきた。7例の主な過去事例についてその後2ヶ月間の国内M5以上の発震傾向を見てみると、南海トラフに沿った東側と西側での地震に結びついていたケースが目立っていた。

琉球海溝にかけては2009年01月の事例で2週間後に宮古島近海M5.1や翌月の奄美大島近海M5.2、1994年のケースでは日向灘の豊後水道に近い場所でM4.3が起きてから2日後に奄美大島近海M5.2、その後沖縄本島南方沖M5.5、与那国島近海M6.1、奄美大島近海M5.7などM6クラスが連発、1991年06月の際には3週間後に宮古島近海M5.0、翌月トカラ列島近海でM5.9がそれぞれ起きていた。

ただし、今回気になるのは日向灘や豊後水道よりも東側における地震に繋がっていた例も多かった点だ。特に7回中3回でその後2ヶ月以内もしくは数時間前という直前にに和歌山県北部におけるM5以上が発生していた点が注目される。

1944年05月には2ヶ月後に和歌山県北部でM5.3・震度3、1994年05月の際には3日後に和歌山県北部でM5.0・震度3。更に2011年07月05日の日向灘M3.5・震度1のケースでは22:31に日向灘で地震が起きるわずか3時間前の19:18に和歌山県北部でM5.5・震度5強という強い揺れが観測されており、関連の高さを窺わせている。

他にも1944年05月には日向灘から1ヶ月後に伊予灘でM6.0・震度4、1971年06月には10日後に新島・神津島近海でM5.2・震度2とその後の東海道南方沖M5.0・震度1、2011年07月には日向灘から3週間後に駿河湾でM6.2・震度5強、それから11日後に今度は遠州灘でM5.2・震度2といった展開も見られていた。

そして7事例中1事例ではあったものの、その後日向灘が再び揺れていたケースも。これは1944年05月で、日向灘の今回に近い場所で地震が発生してから5週間後と6週間後に再度日向灘でM5.1・震度2とM5.1・震度3が起きていたのである。

05月10日の日向灘M6.3・震度5弱の際に、過去の事例からその後の日向灘における強い地震の続発可能性について言及したが、今回、豊後水道との境界付近で起きた地震からは、日向灘のみならず東西への波及、特に和歌山県北部を始めとする東側についても、十分な注意が必要であることが示されたと言える。
 
※画像はUSGSより。