190523-009伊予灘で9ヶ月ぶりの地震と北海道

伊予灘で9ヶ月ぶり地震、その後南海トラフより揺れるのは


 
2019年05月23日の01:20に伊予灘でM3.4・震度1の地震が発生した。伊予灘で有感地震が起きたのは9ヶ月ぶりで、05月中旬から目立っている日向灘における地震との関連に注目が集まりそうだが、過去の事例では伊予灘以降、南海トラフより揺れている場所があった。

 

伊予灘で9ヶ月ぶりの有感地震

伊予灘で有感地震が観測されたのは2018年08月31日のM3.9・震度2以来約9ヶ月ぶりであった。震源の位置が伊方発電所にごく近かった点や、震源の深さが約50kmと深かったとは言え中央構造線断層帯に沿った場所であった点と合わせ久しぶりの揺れは関心を集めそうだ。

中央構造線断層帯における今回の震源位置は伊予灘区間に当たり、今後30年以内にM8.0もしくはそれ以上の地震が「ほぼ0%」の確率で起きると予測されている。従って今回の地震を必要以上に警戒する必要はないが、気になるのは05月に続いている日向灘における地震との関連だろう。

05月10日にM6.3・震度5弱が発生した日向灘ではその後も有感地震が続いており、05月19日には日向灘の北部震源域と南部震源域でそれぞれ揺れを記録した他、今回の伊予灘における地震から8時間後の05月23日にも09:02に日向灘ではM3.7・震度1の地震が起きているのだ。

05月23日の日向灘M3.7は南部震源域を震源としていたことから、伊予灘での地震と直接的な関係は大きくないと見られるが、いずれも南海トラフと関わりが深いため、日向灘M6.3からの流れについては今後も当面の間、注視していく必要がある。
 

南海トラフ巨大地震前に揺れていた伊予灘

伊予灘という震源に関しては南海トラフ巨大地震との繋がりにおいてひとつ、知っておきたいポイントがある。前回の南海トラフ巨大地震であった1944年の昭和東南海地震と1946年昭和南海地震のどちらのケースでも、数ヶ月前に有感地震が起きていたのである。

昭和東南海地震・昭和南海地震前の伊予灘有感地震(1944年01月01日~1946年12月31日)
1944年06月07日 M6.0 震度4 伊予灘
1944年06月30日 M4.2 震度1 伊予灘
1944年07月03日 M4.1 震度1 伊予灘
1944年08月18日 M3.9 震度2 伊予灘
(1944年12月07日 M7.9 震度6 昭和東南海地震)
1945年01月06日 M4.4 震度2 伊予灘
1946年09月06日 M4.3 震度2 伊予灘
(1946年12月21日 M8.0 震度5 昭和南海地震)

こうした点から言えば、今回約9ヶ月ぶりというタイミングで起きた地震の不気味さが増すが、南海トラフ巨大地震への備えは欠かすことが出来ないとして、では今回の震源に近い場所が過去に揺れた際には、その後どのような国内地震に繋がってきたのだろうか。
 

伊予灘以降、南海トラフより揺れていた場所は

1922年以降、今回の震源付近で深さまで類似した位置で発生していた過去の地震9例についてその後2ヶ月以内に起きていた国内M5以上について追跡してみると、ある傾向がみられた。

まず気になる南海トラフに関連する場所で地震は起きていたのだろうか。内陸部まで含めれば南海トラフ関連の震源で2ヶ月以内にM5以上が発生していたのは9事例中6例であった。

1週間以内と直近で記録されていたケースもあった。2012年12月の際には伊予灘から4日後に東海道南方沖でM5.1。1957年11月の時は伊予灘から7日後に三宅島近海M5.4や新島・神津島近海M6.0。

また2016年03月29日の伊予灘M3.3では、その2日後に三重県南東沖でM6.5・震度4を観測した後、半月後の2016年04月14日と16日には震度7を記録する平成30年熊本地震が起きていたのである。

だが、伊予灘における今回の震源付近が揺れたケースでは、南海トラフ以上に地震が起きていたエリアがあった。北海道東部方面で、9事例中全てでその後2ヶ月以内のM5以上が発生していたのだ。

直近で起きていたのは1957年11月の5日後に北海道東方沖M5.4、1988年01月の7日後に択捉島南東沖M5.2程度だが、9事例中全てでM5以上が記録されていただけでなく、そのうち6例ではM6クラス以上という規模の大きな地震に発展していた。

択捉島南東沖ではM6.1やM6.4が、北海道東方沖ではM5.7やM5.9が、他にも上川地方南部M6.1、十勝地方南部M6.5・震度5強など巨大地震が懸念される千島海溝の影響を受けやすい一帯での強い地震が目立っていたのである。
 
※画像は気象庁より。