190728-009三重県南東沖M6.5深発・異常震域地震とその後の南海トラフと千葉・茨城地震

三重県南東沖でM6.5の深発・異常震域地震、南海トラフとの関連や過去事例の傾向は


 
2019年07月28日の03:31に三重県南東沖でM6.5・震度4の地震が発生した。今回の地震は最も揺れたのが宮城県をはじめとする関東から東北地方にかけての一帯であった点や南海トラフ巨大地震との関連はあるのか、という点から注目を集めているようだが、過去の類似事例ではある傾向性も見られていた。

 

三重県南東沖でM6.5の深発・異常震域地震が発生

日本国内で震度1以上を観測したM6.5以上の地震としては06月18日の山形県沖M6.7・震度6強以来40日ぶりで2019年としては今回が2回目。また震度4以上を記録した地震としては06月24日の伊豆半島東方沖M4.1・震度4以来1ヶ月ぶりで2019年としては今回が28回目であった。

今回の地震は震源が南海トラフ巨大地震の震源となり得る三重県南東沖で発生したM7クラスであったという点に加え、震度4の揺れが宮城県で、震度3が宮城県の他福島県から東京都を含む関東地方と離れた場所で観測された点に注目が集まっているようだ。

いわゆる異常震域地震であるが、今回の震源のように三重県南東沖で約420kmと深さ300kmを超える位置で地震が起きた場合、関東から東北地方での強い揺れに繋がるケースは少なくない。

過去、三重県南東沖で深さ300km以上、M6.0以上で発生した地震7例のいずれにおいても、最も強い揺れを記録していたのは福島県や茨城県、それに千葉県といった東北から関東にかけての太平洋側であったのだ。

従って、三重県南東沖で発生した今回のような深発地震が東北から関東にかけての一帯に強い揺れをもたらした点については、特別視する必要はないだろう。

では、過去に三重県南東沖で同様の規模の地震が起きた際には、その後どのような国内地震に繋がっていたのだろうか。そこに何らかの傾向性は見られてきたのだろうか。
 

三重県南東沖深発M6超え7事例とその後の地震傾向性

前述の通り、三重県南東沖で深さ300km以上・M6.0以上の地震は1922年以降、これまでに7回発生してきた。

これら7回についてその後2ヶ月以内に南海トラフと関わりの深いとされる震源でM5以上の地震が起きていたのは6回。

1929年に三重県南東沖の深さ367km地点でM6.7・震度4の地震が発生した際には1ヶ月後に和歌山県南部でM5.2・震度3。1974年に三重県南東沖深さ422kmでM6.5・震度3が起きた時には2週間後に大隅半島東方沖でM5.1・震度3。

三重県南東沖で再びの強い地震に見舞われた事例も2つあった。2003年には7週間後に三重県南東沖の深さ37kmという浅い地点でM5.4・震度4。また1984年には1.5ヶ月後に三重県南東沖で再び深発のM5.4・震度1が記録されており、この時は奈良県でもM5.5・震度3という強い地震が発生していた。

そしてもうひとつ、南海トラフ巨大地震と関連の深い震源として知られる日向灘が揺れていたケースも7例中2例で見られていた。

1943年に三重県南東沖深発M6.1が発生した事例では翌日、大分県南部でM5.0・震度3が起き、その5週間後と7週間後に日向灘でM5.1・震度2とM5.7・震度4というM6クラスを含む2度の地震。

更に1926年には三重県南東沖深発M6.5のわずか5日後日向灘でM5.5・震度2とM5.1・震度1が連発していた。

三重県南東沖で今回のような深発・M6以上地震が記録された際には、その後M7クラスなどの極めて強い地震が発生していた例は見られなかったが、それでも南海トラフには注意が必要であるようだ。その理由は前日のフィリピン連発地震との兼ね合いにあった。
 

フィリピン連発からの三重県南東沖後に日向灘M7クラスの事例も

2019年07月27日の日本時間午前、フィリピン最北端でM5を超える地震が4回発生し死者も出たと報じられているが、20世紀以降、周辺で同様の連発地震を記録してきた6例中3例で、その後三重県南東沖における今回のような深発地震が起きていたのである。

2008年03月29日から04月03日にかけてフィリピンでM5以上が5連発した際には6週間後に三重県南東沖深さ356kmでM5.0。2006年10月09日から12日にフィリピンでM5以上が13連発すると1ヶ月後に三重県南東沖深さ376kmでM5.5・震度2。1996年09月05日から06日にかけてのフィリピン5連発では6週間後に三重県南東沖深さ356kmでM5.6・震度2がそれぞれ記録されていた。

この時、フィリピン連発から三重県南東沖深発地震へと繋がった後の国内発震状況がどうだったかと言えば、2008年の事例では三重県南東沖から7週間後に沖縄本島近海でM6.1・震度5弱が、2006年のケースでは三重県南東沖の翌日に奄美大島近海でM6.0・震度4、その後も奄美大島北東沖M5.7・震度3や静岡県伊豆地方M5.8・震度3とM6クラスが3回。

そして最も注目されるのが1996年の事例だ。1996年09月05日から06日にかけてフィリピンでM5以上が5連発してから1.5ヶ月後に三重県南東沖深発M5.6が起きると、わずか18時間後のM5.2を皮切りに同日中に日向灘でM6.9・震度5弱を含む3回のM5以上へと繋がっていったからである。

更に日向灘では12月にもM6.7・震度5弱のM7クラスが再び発生していた。このような事例がある以上、今回同様の展開となる可能性を視野に入れておく必要があるだろう。
 

千葉・茨城M5以上に繋がる可能性も

最後に今回の三重県南東沖深発M6.5が異常震域地震として東北から関東にかけての広い一帯を揺らした、という観点から、類似事例後に関東から東北にかけての強い地震に繋がっていたケースについて見てみることにする。

前述した通り今回のような三重県南東沖深発M6.0以上地震は過去に7回。いずれも東北から関東が最も揺れていたが、これらの地震から2ヶ月以内に関東から東北にかけての地域で発生していたM5以上を追跡していると、最も目立っていたのが千葉や茨城における地震であった。7例中5回でM5以上が起きていた他、うち4回はM6クラスであり、震度4も同じ4回と多かったのだ。

1926年のように三重県南東沖から1.5ヶ月後に茨城県沖でM5.2・震度1、また1942年と1943年のように千葉・茨城でのM5以上が観測されなかったなどそれほどの繋がりにはならなかったケースもあるが、残りの4例はいずれも複数回、千葉や茨城が揺れていた。

2003年には三重県南東沖から3日後に茨城県沖でM5.8・震度4、それから2週間後には千葉県東方沖でM5.1・震度4。

1984年には三重県南東沖の2週間後に茨城県沖でM5.6・震度3とM5.9・震度4が連発し翌月には房総半島南方沖でM5.2・震度2。

1974年の際は三重県南東沖から10日後に千葉県東方沖でM6.0・震度4が、1926年の時は三重県南東沖の3週間後に茨城県沖でM6.0・震度3、それから3週間後に茨城県南部でM5.2・震度5がそれぞれ起きていたのである。
 
※画像は気象庁より。