190818-009鳥島近海付近M5.0とその後の宮城県沖・南海トラフ地震

鳥島近海付近でM5.0地震、宮城県沖と南海トラフでM6クラス多発


 
2019年08月18日の07:28に鳥島近海付近でM5.0の地震が発生した。今回の震源は伊豆・小笠原海溝の東側アウターライズであり、過去の事例からはその後宮城県沖や南海トラフにおけるM6クラスに多く繋がっていた。

 

伊豆・小笠原海溝アウターライズでM5.0の地震

この地震では震度1以上が観測されたなかったことから有感地震としての発表はなかったが、USGSが深さ10kmでM5.0の地震として記録している。

震源位置は八丈島東方沖もしくは鳥島近海付近であったが、今回の地震で特徴的だったのは伊豆・小笠原海溝の東側、太平洋プレート側のアウターライズで起きたという点だ。

伊豆・小笠原海溝の西側、フィリピン海プレート側における地震はこれまでにも多数発生してきたが、それに比べて伊豆・小笠原海溝の東側、太平洋プレート側ではそれほど地震が頻発してこなかったためである。

では、比較的珍しいとも言える今回の震源付近が揺れた後、国内ではどのような揺れが見られてきたのか、傾向性を辿ってみることにする。
 

小笠原諸島西方沖M8.1でもアウターライズ

今回の震源に近い場所で伊豆・小笠原海溝の東側、深さ20km以下でM5.0以上の地震が発生した4事例についてその後2ヶ月間の国内M5以上を3つの方向性から追跡してみよう。

まず伊豆・小笠原海溝付近で強い地震が起きるケースはあったのだろうか。4事例中2つの事例でその後の伊豆・小笠原海溝付近における揺れに繋がっていた。

1968年10月に今回の震源近く・海溝の東側でM5.6が発生した際には、その2週間後に小笠原諸島西方沖でM5.8・震度1。

また2015年05月31日にM6.2が起きた時には、その直前、数時間前に小笠原諸島西方沖でM8.1の巨大地震が深さ682km地点で観測され、その後の1ヶ月でM6クラス以上が4回、記録されるなど伊豆・小笠原海溝沿いでの地震が多発した時期であった。

この時の海溝東側の地震は巨大地震直後というタイミングであったことからその後の地震も巨大地震の影響であったと考えるべきであるため、伊豆・小笠原海溝沿いに対しては今回の震源付近における地震が大きな影響を与えるとは考えなくてよいだろう。では、それ以外に何らかの特徴は見られてきたのだろうか。
 

4回中3回で宮城県沖M6クラス、M7超えも

伊豆・小笠原海溝の東側、太平洋プレート側で発生してきた過去の4例でまず注目すべきは東北地方の太平洋側、日本海溝沿いにおける地震が多く見られてきたという点だ。

4例いずれにおいても複数回のM6クラス以上に繋がってきたという実績なのである。

1936年09月の事例では千葉県南東沖M6.0・震度4とM7.4・震度5の宮城県沖地震、1958年の事例でも青森県東方沖M6.2・震度2と宮城県沖M6.2・震度3がそれぞれ起きていた。

また1967年の際にも福島県沖M5.8・震度3と茨城県沖M5.9・震度4が、2015年の時も宮城県沖M6.8・震度5強をはじめ青森県東方沖と三陸沖、それに岩手県内陸北部で計6回のM6クラスが観測されるなど強い地震が多発していたのである。

中でも4回中3回でM6以上が、そのうち2回ではM7クラスがそれぞれ起きていた宮城県沖は要注意と言って良いだろう。
 

目立つ南海トラフM6クラス

更に、フィリピン海プレート境界付近という共通点を持つ南海トラフにおいても、伊豆・小笠原海溝の東側でM5以上が発生した際、その後のM6クラスが目立っていた。

1936年には7週間後に三重県中部でM5.8・震度1、1958年の際には6週間後に周防灘でM5.7・震度3、その1週間後に日向灘でM5.8・震度3がそれぞれ起きていた。

1967年の時には6週間後に宮崎県南部山沿いでM6.1・震度4、2015年のケースでも6週間後にM5.7・震度5強と4例全てで2ヶ月以内に南海トラフと関連の深い震源におけるM6クラスが発生していたのである。

宮城県沖のように共通した震源が揺れていたという形ではないものの、フィリピン海プレート境界沿いの広い範囲に影響が及んでいた可能性も否定はできないことから、日本海溝沿いと合わせて、念の為注視しておく必要があるだろう。
 
※画像はU.S. Geological Surveyより。