190829-001青森県東方沖M6.1とその後の東北地方太平洋側M6クラス以上・南海トラフM5以上

青森県東方沖でM6.1、東北地方や南海トラフでその後地震のケースも


 
2019年08月29日の08:46に青森県東方沖でM6.1・震度3の地震が発生した。青森県東方沖や岩手県沖北部ではM7を超える規模の地震が高確率で予測されており予断を許さないが、今回の震源付近が揺れた際には、東北地方のみならず南海トラフでの地震が起きる可能性があると過去の事例からわかった。

 

M7以上高確率予測の青森県東方沖でM6.1

日本国内でM6を超える規模の地震が観測されたのは08月04日の福島県沖M6.4・震度5弱以来約1ヶ月ぶりで、2019年としては11回目。

また青森県東方沖では08月25日にもM4.1・震度2が発生するなど2019年としては今回が23回目の有感地震であり、揺れ自体は珍しいとは言えないがM6を超える地震としては2018年01月24日のM6.3・震度4以来1年7ヶ月ぶりであった。

1968年05月16日にはM7.9の十勝沖地震を引き起こした震源としても知られる青森県東方沖だけに大地震へと連なっていく可能性もないとは言えず、特に2019年02月26日に政府の地震調査委員会がまとめた「日本海溝沿いの地震活動の長期評価」では今後高い確率で強い地震の発生が予測されている。

「日本海溝沿いの地震活動の長期評価」によると「青森県東方沖及び岩手県沖北部」ではM7.9程度のプレート間巨大地震が30年以内に5~30%の確率で、またM7.0~M7.5のひとまわり小さいプレート間地震に至っては30年以内に90%程度という高確率で起きるだろうと指摘されているのだ。

2017年には岩手県から青森県にかけての三陸沖北部について、100年前後の間隔で繰り返し起きてきたM8前後の地震発生間隔が短くなっている可能性がある、との分析がなされ、東日本大震災の影響で8ヶ月で5年分に相当するひずみが溜まったとも言われているだけに、青森県東方沖付近における地震活動が今回のM6.1以降、活発化していくのかどうか注視していく必要があるだろう。

青森県東方沖では最近、M5以上が増加傾向にある。2015年に2回、2016年は0回、2017年が1回であったM5以上が2018年に5回と跳ね上がり、2019年も今回が2回目に当たるのだ。

前回、M5以上を5回以上記録した2014年の際には2015年02月17日に三陸沖でM6.9・震度4の地震が起きていた。
 

東北地方太平洋側に出ていたシグナル

東北地方太平洋側でM6クラス以上の地震が発生する可能性がある、とするシグナルは出ていたのだろうか。

まず08月01のバヌアツM6.6の際、過去の事例では東北地方太平洋側でM6クラス以上が起きていたケースが6事例中3例だったと指摘していた。

また06月29日の北マリアナ諸島M6.5では、過去の3事例全てでその後東北地方から北海道にかけての一帯におけるM7クラス以上に繋がっていた、と紹介していた。

これに照らせば今回の青森県東方沖M6.1は想定規模よりも小さかったが、1960年09月の北マリアナ諸島M6.6ではその後青森県東方沖M6.6に連なっていったという実績もある。しばらくは要注意、と考えておくべきであろう。
 

8例中6例で東北M6クラス

では、次に今回の震源付近が過去に揺れた際には、その後の国内発震に何らかの傾向性が見られていたのかについて見てみよう。

周辺への波及という意味でまず気になるのが日本海溝沿いへの影響だ。今回の震源の深さは約10kmとされていることから、深さ20km以下でこれまでに至近で起きてきた有感地震についてその後2ヶ月以内の地震発生状況を追跡してみると、やはり日本海溝沿いがよく揺れていた。

8例中全てでM5以上が起きており、そのうち7例では複数回のM5以上を記録していた。また8例中6例でM5.5以上のM6クラスが記録されており、1937年12月、1950年12月、2015年06月の3回ではM6クラスが複数回発生していたのである。青森県東方沖のみならず、東北地方太平洋側全般でM6クラスが再度発生する可能性も視野に入れておく必要があるだろう。
 

南海トラフに繋がっていた事例も

今回の青森県東方沖M6.1に類似した過去の事例からはもうひとつ、8例中7例でM5以上を観測していた場所がある。南海トラフ関連である。

1933年10月に青森県東方沖でM4.9の地震が発生すると約2ヶ月後に日向灘でM5.2、2015年06月の事例では1ヶ月後に大分県南部でM5.7・震度5強、2018年11月の際には3週間後に東海道南方沖でM5.2といった具合であり、複数回のM5以上が起きていたケースも。

1967年07月の時は青森県東方沖の2日後に薩摩半島西方沖でM5.1、その翌月に京都府南部でM6.4・震度3。1959年04月には翌月に和歌山県南方沖でM5.5が起きるとその翌月に今度は日向灘でM5.6。

日向灘が直近で揺れていた事例もある。1950年12月の青森県東方沖M5.4では、わずか2日後に日向灘でM5.0~M5.4の地震が3回立て続けに発生していた。

更にM7クラスに達していた例もある。1937年12月の事例では3週間後に日向灘でM5.5、その1週間後に広島県北部でM5.5が起きると、10日後に和歌山県南方沖でM6.8・震度5という強い地震へと繋がっていったのだ。
 
※画像は気象庁より。