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2018年10月09日千島列島北部でM6.0、北海道方面にもたらす影響とその後起きていた大地震とは


 
2018年10月09日の日本時間16:45に千島列島北部でM6.0の地震が発生した。今回の震源付近では1953年のM9.0カムチャッカ地震直後に強い地震が相次いでいたが、それ以降に観測されていた地震ではその後日本国内でどのような特徴が見られたのだろうか。

M9.0カムチャッカ地震後に多発していたM6以上

世界で記録されたM6.0以上地震としては10月02日のインドネシアM6.0以来8日ぶりで、10月としては2度目となる今回のM6.0であったが、千島列島北部で今回の震源の深さ約42kmに近い深さ30~50kmの範囲では、M6を超える地震が起きた事例は1952年11月から1953年にかけて多発していた。

というのも1952年11月04日にカムチャッカ半島南部でM9.0という超巨大地震であるカムチャッカ地震が発生したためで、その余震とみられる地震群が今回の震源付近でも多数観測されていたのである。

カムチャッカ地震の影響であったかどうか定かではないものの、1952年末から1953年にかけては北海道の釧路沖や浦河沖、それに十勝沖といった震源でM6を超える地震が5回記録されていることから、ロシアで起きた強い地震の刺激が千島海溝に沿って日本国内に波及していた可能性は否定出来ない。
 

今回の震源付近が揺れた後の国内発震状況は

では今回の千島列島北部M6.0は今後日本列島、特に北海道に対して何らかの影響を与えるのだろうか。

今回と同様M6.0を超える規模、深さ30~50kmの範囲で付近で観測されてきた地震5回についてその後の国内発震状況を追跡してみると、やはり北海道方面での強い地震が目立っていたことがわかった。

最も特徴的だったのが5回中4回でその後1ヶ月以内に北海道から千島列島にかけてのM6クラスに繋がっていた点だ。

1956年のケースでは1ヶ月後に千島列島M6.6、1972年には半月後にオホーツク海南部M6.2、1987年の際には3週間後に千島列島M6.0、2002年のときには5日後にウラジオストク付近M5.8といった具合で、日本国内の震源ではなかったもののそれぞれ有感地震として記録されている。

そして、もうひとつ気になるのが今回の震源付近でのM6以上地震では、同じく5例中4例でその後1~2年以内に北海道におけるM7以上大地震が起きていた点。

1999年11月の千島列島北部M6.1のように2ヶ月後に根室半島南東沖でM7.0といった比較的近い時期に起きていた事例もあるが、1972年の際には10ヶ月後にM7.4の根室半島沖地震、2002年の時には20ヶ月後にM8.0の十勝沖地震、1956年のケースでは26ヶ月後にM8.1の択捉島沖地震など時間が経ってからM8を超える巨大地震が発生していた例もある。

千島海溝沿いでM8.8の巨大地震が切迫しているとの認識が共有されているだけに、付近での地震後に起きていた北海道大地震が今回どのような地震をもたらすのか、長期的に見ていく必要があるだろう。
 
※画像はUSGSより。