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2018年10月24日鳥取県沖で8年ぶりの有感地震、浅くない南海トラフとの関連

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10月24日の06:32に鳥取県沖でM2.7・震度1の地震が発生した。鳥取県沖で有感地震が観測されたのは8年ぶりという珍しさだが、南海トラフとの関連も浅くはないようだ。

鳥取県沖で8年ぶりの有感地震

今回の地震で最も注目すべきは、鳥取県沖における有感地震が2010年08月04日のM3.7・震度2以来8年ぶりであった点である。

鳥取県沖では1923年以降、今回を含めても44回しか有感地震が観測されていない上に、そのうちの36回が1945年以前、つまり前回の南海トラフ巨大地震である昭和東南海地震(1944年)と昭和南海地震(1946年)前に記録されており、それ以降の有感地震発生数はわずか8回に過ぎないのだ。

これは1943年09月10日の鳥取地震(M7.2)の余震が多数を占めているという面が大きいが、では前回の南海トラフ巨大地震から約70年間の間、10年に1回程度という珍しい頻度で起きてきた鳥取県沖での有感地震は、その後国内にどのような揺れをもたらしてきたのだろうか。

今回の震源付近で揺れたケースとその後

まず今回の震源付近でこれまでに観測されてきた有感地震は3回。1943年09月11日・12日のM4.4とM不明の2回、それに1965年05月08日のM4.0・震度2である。

前者については09月10日に発生した鳥取地震の余震という位置付けとして考えて良いだろうが、後者についてその後の国内発震状況を追跡すると、2ヶ月後の07月08日に八丈島近海でM5.5・震度3の地震が起きていた程度。

しかし南海トラフに関わる震源との兼ね合いという意味では鳥取県沖が揺れるわずか半月前、1965年04月20日にM6.1の静岡地震が発生していたのが目立つ。

というのも今回の震源から近い場所では過去、1710年10月03日にM6.5という強い地震を引き起こしていたが、3年前の1707年10月28日にはM8.6の南海トラフ巨大地震、宝永地震が記録されていたからである。

滅多に揺れない鳥取県沖だが、ではもう少し範囲を広げて鳥取県沖全体で南海トラフとの関連を考えた場合、特徴は見られるのだろうか。

紀伊半島南東沖地震の1ヶ月前、三河地震の3日前にも

前回の南海トラフ巨大地震以降、今回を除きわずか7回しか有感地震が起きてこなかった鳥取県沖について、その7回全てでその後の国内発震について調べてみると、前回の有感地震だった2010年08月のケースでは特になかったが、興味を惹かれる事例も複数見つかった。

1959年12月の事例では1ヶ月後に和歌山県南方沖でM6.2・震度3と日向灘M5.6・震度3。また1947年10月の際には翌日大隅半島東方沖でM5.6とM5.5が起きるとその翌日今度は高知県東部でM5.0。

その後2ヶ月以内に伊豆大島近海や四国沖、愛知県西部それに紀伊水道などでM5を超える地震が相次いだ後、少し時間をあけて1948年04月18日の和歌山県南方沖M7.0・震度4、1948年06月15日の紀伊水道M6.7・震度4、06月28日のM7.1・震度6福井地震と繋がっていったのだ。

地震が少ない鳥取県沖が揺れた後に南海トラフ関連で強い地震が起きていた事例はそれだけではない。1971年10月の時は4ヶ月後に八丈島東方沖でM7.0・震度5、更に2004年08月の時には1ヶ月後の2004年09月05日に三重県南東沖でM7.4とM7.1が連発した紀伊半島南東沖地震が起きていたのである。

昭和東南海地震と昭和南海地震に挟まれた1945年にも鳥取県沖では01月10日にM不明・震度1の地震が発生していたが、この時もわずか3日後にM6.8・震度5の三河地震が起きていたなど、前後に南海トラフ関連の強い地震、特に命名されるほどの規模の地震の名前がいくつも登場するのは鳥取県沖における地震発生頻度に照らせば何とも不気味と言える。
 

※画像は気象庁より。


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