181201-009アラスカM7.0

アラスカでM7.0大地震、1964年のM9.2アラスカ地震震源に近い場所で


 
2018年12月01日の日本時間02:29にアラスカでM7.0の大地震が発生した。今回の地震で最も特徴的なのは1964年にM9.2という規模で起きたアラスカ地震の震源に近い場所だったという点である。付近で過去に観測されてきた強い地震とその後の傾向性は。

アラスカでM7.0大地震が発生

世界におけるM7以上大地震としては10月11日のパプアニューギニアM7.0以来2ヶ月弱ぶりで2018年としては13回目となる。2017年のM7以上が7回であったことに照らせば2018年の地震活動は大地震の発生数という点からは前年より活発な状態だ。

今回の震源は太平洋プレートと北米プレートの境界から少し離れた、北米プレート側で発生したが、アラスカでは2018年01月23日に今回の震源から南側の太平洋プレート側でM7.9の大地震が起きていた。

また09月18日には今回の震源から西側のアリューシャン列島側に位置するアラスカ半島最高峰のベニアミノフ山で噴火が発生したと伝えられていた。
 

1964年のM9.2アラスカ地震近くで

今回のアラスカM7.0は震源の深さが40.9kmであったとされている。20世紀以降、今回の震源に近い場所で深さ20~50kmの範囲で起きてきたM6.5以上地震は4回。だが、このうちの1回は極めて特徴的な地震であった。

20世紀以降、世界で発生した巨大地震をその規模でランキングすると1位のチリ地震(1960年・M9.5)を筆頭にスマトラ島沖地震(2004年・M9.1)や東日本大震災がランクインするが、今回の震源からごく近い場所ではこれらより規模の大きかった1964年03月28日のアラスカ地震(M9.2)が起きていたのである。

M6.5以上では4回発生していた今回の震源近くの地震だがM7以上としてはアラスカ地震のみであることから、今回のアラスカM7.0はM9.2超巨大地震の震源付近で半世紀ぶりに起きた大規模な地震であったということが出来る。
 

アラスカM6.5以上とその後の強い地震傾向性は

では付近で発生した大規模な地震はその後どのような影響を及ぼすのだろうか。M9.2という稀に見る規模で起きた1964年のアラスカ地震の際にどうだったかと言えば、まず目立つのが太平洋プレートに沿ったインドネシアでM7.4の大地震がアラスカ地震のわずか8時間後に記録されていた点だ。

インドネシアではその5日後にもM7.0が観測されていたが、同じ太平洋プレート沿いに位置する日本も例外ではなかった。アラスカ地震から5週間後の1964年05月07日には秋田県沖でM6.9が、その9日後にはM7.5の新潟地震がそれぞれ起きていたのである。

他にもアラスカ地震から3ヶ月間で日本国内のM6以上地震は10回に達しており、超巨大地震の影響を感じさせるが、例外的とも言える規模であったM9.2だけでなく、今回のアラスカM7.0の近くで発生してきたM6.5以上の3回を加えるとどのような傾向性が窺えるのだろうか。

今回の震源付近では1925年02月のM6.6、1934年05月のM6.9、そして1983年07月のM6.6とアラスカ地震以外3回のM6.5以上が記録されてきたが、世界におけるその後のM7以上大地震を追跡してみるとやはり太平洋プレート沿いにおける大地震が目立っていた。

1925年にはバヌアツM7.2や南インド洋M7.1、インドネシアモルッカ海M7.1といずれも太平洋プレート境界に近い場所で起きていた他、1934年の事例でも南太平洋のサンタクルーズ諸島でM7.7とM7.3が、また1983年の際にもカムチャッカ半島でM7.1がそれぞれ発生していたのである。

これら3回のアラスカM6.5以上の際、日本国内ではどのような地震が起きていたのだろうか。M9.2アラスカ地震の際のM7.5新潟地震のようにM7を超える地震こそ起きてはいなかったが、M6.5以上のM7クラスが観測されていた例は複数見られていた。

1925年02月のアラスカM6.6では3ヶ月後の1925年05月23日に兵庫県北部でM6.8・震度6の北但馬地震が、1983年07月のアラスカM6.6の時は6週間後の1983年08月26日に大分県北部でM6.6・震度4という強い地震が発生していたのである。
 
※画像はU.S. Geological Surveyより。